インフルエンザでなきゃ恋

片側にはにくしみ、もう片側には愛がつまってるの

年末年始となんやらと(にっき)

光陰矢の如し

 
 
 
要点まとめ
 

  • 年越しは軽井沢。






 
 

  • るひま蹴る。

年越し配信を見たらあまりにも酷いものがお出しされてたので大阪両部を蹴って家でげんしんに励んでた。こんな扱いなら出してくれるなよ……って年越し配信ですら思うんだから二部もさぞアレだったんだろうな。
 
 

  • 父入院。

1月半ばに緩和病棟に。
雪がめちゃめちゃ降った。父入院しててよかったなと思いながら30mほど60cmの雪をかく。

 

  • 父逝く。

2/11夜21時。リアルに「鳴り響いた携帯電話…………」を体験する。
後ろで電子音が鳴り響き、慌てて病院に行く。
姉も旅行中、上の姉は東京、兄は使い物にならないしで結局一人で呼吸の止まった父を見、死亡確認をその場でされる。葬儀社に電話してねとぽいっと電話帳を渡される。0時に病院を出た。そのままホールに安置してもらい私は家に帰る。4時まで眠れなかった。
父親の兄弟に連絡し、全員が葬儀に来てくれた。自分は嫌われてると言ってたけど葬儀に来る家族は居たのだから父は幸せものだなと思った。
なんやかんやあって私が喪主をし、皆にエライエライと言われ自己肯定感爆上がりして終わった。
 

父の財布に入っていたのは犬のこれだった。
火葬のスイッチを押したのも、火葬のドアが開いたのを確認したのも、喉仏を納めたのも自分。ああ、終わるんだなとしみじみ感じた。
 






父の諸々の期間は姉と美味しいものを食わねば乗り越えられぬと高くて美味いを食べ続ける。全部父親に関連のある店だったけど如何に自分がよく育ててもらったかを思い出す。
 
父親のお兄さんが「あいつの存在意義はあなただった」という言葉で、親不孝な娘でごめんなと思いつつ、気丈に乗り切り事なきを得る。後少し厄介事が有るけれど年金の手続きもいろんな解約も終わった。車の名義変更もした。
協力的だった弊社には感謝。少しでも準備して覚悟しててよかった。あっちで犬と散歩でもしてくれてるといいな。
 
 

  • なう。

引越し先の改装工事やらものの処分やらでバタバタとしている。
あんすたのイベントあまりにも人の心がなくて萎えつつ、完凸はとりあえずした。

ミスってなければスコアタが三桁に初めて乗ったのでいよいよいつ愛想尽かしてもいいかなラインに来られたと思う。中の人の発言もそうだったけどセンターイベを楽しみにしててこのサプライズは納得いかないなあと半笑いする。なのに走ってる、矛盾がすごい。
ぼーっとしてたかったので無心で叩く時間はそこまで苦痛でもなかった。そもそも私いつも異常な速度で箱を走った経験しかなく、ペースを守って最終日完凸ならこんなに楽なんだと感心しました。許さんけれども。